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マリエン広場の見所、料金、営業時間、アクセス・行き方等の観光情報

マリエン広場
Marienplatz

2016/12/13 更新

Marienplatz

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概要

ミュンヘンの心臓

Marienplatz

マリエン広場に面して建つのがミュンヘン観光最大の見どころ、新市庁舎だ。
新市庁舎に向かって立つと、左手にはフラウエン教会カールス門、その先に中央駅。
右手には旧市庁舎から広がる旧市街が広がる。
奥には王宮(レジデンツ)、オペラハウス、そして名門ミュンヘン大学が存在し、後方には市民の台所であるヴィクトアーリエン市場がある。
まさしくミュンヘンの観光、政治、経済、文化の中心であることが分かるだろう。

ミュンヘンという地名はドイツ語で修道士を意味するメンヒェ(Mönche)に由来すると言われているが、この場所は昔、村々を行き交う修道士たちが通る交差点であった。
やがて人々が集まって経済が発達し、宗教の道が市場に変わり、権力者が住み始めて政治が生まれていったのである。

広場にはカフェやレストランのテラス席がせり出し、ミュンヘン市民や観光客が思い思いの時を過ごす。
お土産屋さんも多く並んでいる。
ミュンヘンが世界に誇るサッカークラブ、バイエルン・ミュンヘンのサポーターの歓喜の群れに出くわすことも珍しくない。
夏にはビアガーデン、冬にはクリスマスマーケットが盛大に開かれる。

お昼頃に訪れるのがお勧めで、11:00と12:00(3月-10月は17:00も)に動き出す新市庁舎の仕掛け時計は見物だ。

見どころ

魚の噴水に飛び込む肉屋

Marienplatz

新市庁舎の前にある噴水は魚の噴水(Fischbrunnen)と呼ばれ、人々の待ち合わせ場所として賑わっている。
噴水の中にある像を見ると、手に魚を持っているのがわかるだろう。

マリエン広場が市場として使われていた初期の頃、さまざまな商品が売り買いされる市場の中で、この噴水のある場所は魚市場が開かれていた。
1315年、当時の皇帝ルートヴィヒが市場の自由化を認めると、この場所は穀物市場に取って代わられていった。

ここに最初に噴水が作られたのは中世の頃だった。
ミュンヘン工科大学の教授であったコンラート・クノールが1865年に噴水を再建したが、第2次世界大戦で破壊されてしまったため、その一部を利用して再び建設したものが、現在見ることができる噴水だ。
1954年に彫刻家ヨーゼフ・ヘンゼルマンによって作られた。

戦前まで、肉屋になる修行を終えた見習い生が職人として一人前になるには、この噴水に飛び込んで洗礼を受けなければならないとされていた。
そのため、魚の噴水に肉屋が飛び込むという一見不可解な行事が行われていた。

また、15世紀からこの噴水は日本でいう銭洗い弁天のような役目を果たしてきた。
灰の水曜日(復活祭前46日目の水曜日)に市長と市の出納係が空の財布をここで洗うと、次の年には財政が潤うと言われてきたのだ。
19世紀にはこの儀式を行うことで、市民に現金収入を得ることを促すアピールをしていたようである。

マリエン広場の由来、マリア像

Marienplatz

マリエン広場に来る多くの観光客はまず市庁舎に目を奪われるだろう。

見落としてしまいがちなのが、広場中央に立つ柱の上に鎮座する、ブロンズに金メッキを施されたマリア像だ。
マリエン広場とは聖母の広場、つまりマリアの広場を意味する。

この像は1638年、マクシミリアン1世によって建てられた。
30年戦争でのスウェーデン占領に対する感謝の意を示すものだった。
1853年には市場をブルーメン通りに移したことで、穀物広場と呼ばれていたこの場所がマリエン広場と呼ばれるようになった。
当時流行していたコレラ感染症からミュンヘンを守りたいという想いもあってのことだった。

マリア像は三日月の上に立ち、キリストを抱いている。
柱の下部には4人のプットと呼ばれる天使がいて、人間に降りかかる災いを表す4つの動物と戦い、マリアとキリストを守っている。
ライオンは戦争、バジリスク(伝説上の怪物)はペスト、竜は飢餓、蛇は不信仰を意味する。

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