台北駅南部(中世紀念堂周辺)×建築物

このカテゴリーを台北全域で見る

台北駅南部(中世紀念堂周辺)×建築物

5件

National Chiang Kai-shek Memorial Hall

1

中正紀念堂

中正紀念堂は蒋介石を称え造られた記念館

中正紀念堂は、中華民国の初代総統である蒋介石の活躍を讃える為に建てられた記念施設であり、台北101、故宮博物院と並ぶ台北の三大観光名所である。蒋介石の本名は「中正」で、台湾では「蒋中正」と呼ばれることが多い為に「中正紀念堂」の名称が採用された。本堂は高さ70メートル、面積1万5千平方メートルとで、中国大陸がある西向きに設計された。敷地全体は25万平方メートルと広大で、劇場やコンサートホール、庭園や池も併設。国民の憩いの場としても親しまれている。 1975年に蒋介石が87歳で逝去した際、行政院(日本の内閣に相当する機関)の意向で建設が計画され、蒋介石の90歳の誕生日である1976年10月31日に竣工。死後ちょうど5年目にあたる1980年4月5日に一般開放された。メインフロアの奥には巨大な蒋介石の銅像があり、その前には儀仗兵という銃を肩から下げた衛兵が数名いる。1時間ごとに行われる、軍靴を鳴らして規律正しく行う衛兵の交代の様子が有名である。

Zhongshan Hall

2

中山堂

日本統治の名残

中山堂は日本統治時代に「台北公会堂」として作られた。 1928年昭和天皇が即位した際に計画され、4年の歳月をかけ、1936年完成した。 この施設の建設労働に9万4千5百人が動員され、総工費は当時の金額で98万円費やされた、一大事業だった。 当時は東京、大阪、名古屋の公会堂に次ぐ4番目の大きさだった。

northern gate

3

北門

北の城壁

「承恩門」「台北府城北門」とも呼ばれる。 清王朝時代の遺構で、1879年に建立された。 19世紀後半中国清王朝は、日本が琉球を統治し、台湾に侵攻するのを懸念し、台湾を統治する「台北府城」を建立し、東西南北をすべて城壁で囲んだ。 城壁の跡は今の主要路になっており、中山南路(東)、中華路(西)、愛国西路(南)、忠孝西路(北)として残されている。 5つの城門があったが、この北門のみを残し、日本統治時代にすべて取り壊された。

スポンサーリンク

Presidential Office

4

中華民国総統府

現在も利用される政治の中心

中華民国総統府は台湾の「総統」、アメリカの大統領にあたる人物が執務する場所である。 当時としては珍しいルネサンス様式で、国の威信をかけて豪華に造られている。 台湾の「総統」は国民の直接選挙によって選ばれ、国家元首と軍の統帥を兼任する。 任期は4年。最高8年である。

Taiwanfu Chenghuan Temple

台湾省城隍廟

恋愛成就の廟

台湾省城隍廟はまたの名を霞海城隍廟と言い、1856年に迪化街に建立された道教の廟である。 城隍廟とは、城隍神と言われる神を祀っており、起源は町村を守る神だが、無病息災、金運上昇などあらゆる運気の向上を司る。 霞海城隍廟は特に恋愛成就で名高い「月下老人」参りが有名で、年に何千組ものカップルが恋愛成就のお礼参りをしに来る。