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建築物

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万里の長城の夕暮れ時の景色

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万里の長城

世界最大の建造物、万里の長城

龍が這うような形をしている万里の長城は、6000キロメートルにも及ぶ世界最大の城壁。世界遺産にも登録されている。東の遼寧省虎山から西の甘粛省嘉峪関までその総延長は20000キロメートルを超える。万里の長城に辿り着かなければ立派な男(人間)ではない、と毛沢東が言ったともされる、中華人民共和国で最も知名度の高い建造物のひとつであり、その壮大な姿を目にするために一度は訪れたい場所である。 観光客がアクセスしやすいように整備されたエリアは、北京市郊外に位置しており約1時間半で行ける。特に人気があるのは、北京市の北西に位置する八達嶺(バダリン)長城、北東に位置する慕田峪(ムーティエンユイ)長城だ。そのほかにも、あえて修復せず崩れかかった険しい道を残したエリアでは、数時間をかけてトレッキングを楽しむことができる。

The Palace Museum

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故宮(紫禁城)

世界最大の宮殿

紫禁城とは明清朝の王宮で、世界最大の宮殿である。北京だけではなく中国全土に置いても最も荘厳な建物である。 20世紀の清朝滅亡まで明清24代の皇帝が約500年に亘って起居し、政務を行なった場所だったため、紫禁城と呼ばれていた。

Lugou Bridge

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盧溝橋

世界で最も美しいと絶賛された、北京では最古の石造りの橋

盧溝橋は世界で最も美しいと絶賛された、北京最古の石造りの橋である。かつて中国を訪れたマルコ・ポーロが、盧溝橋を世界で最も美しい橋と絶賛。「東方見聞録」にその名が記されている。このことから、マルコ・ポーロの橋とも呼ばれる。 260メートルの石造りの橋で、11のアーチが連なる。橋の欄干には、すべて形や表情が異なる501の獅子の石像が飾られている。橋を渡りながらその数を正確に数えるのは難しかったことから、中国では数えられないものという意味を表すのに、「盧溝橋」の獅子と言う。

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The Great Hall of the People

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人民大会堂

中国の国会議事堂

天安門広場西側に位置する、日本でいう国会議事堂にあたる人民大会堂。 中華人民共和国の建国10周年を記念して1959年に落成した大会堂は、建築面積合計約17万平方メートルで、中央に1万4000人のキャパをもつ万人大会堂、北側にレセプションホール、南に人民代表大会常務委員会事務室から構成され、300室以上の会議場・休憩室・事務室がある。

Lama Temple

雍和宮

北京最大のチベット仏教寺院

元々は雍親王府という、1694年(清代康熙33年)に建立された清の雍正帝の即位以前の宮邸であった。 のちの乾隆帝が1711年に雍王府内で誕生している。 即位後、1725年(雍正3年)に半分がラマ教寺院に、残り半分が行宮として残され「雍和宮」と改称された。 雍正帝の没後、1744年(乾隆9年)に全体をラマ教寺院として再建した。 1961年に全国重要文物保護団体として指定され、1981年に一般開放された。

Mutianyu Changcheng

慕田峪長城

混雑を避けてゆっくりと景色を満喫できる長城

慕田峪(ムーティエンユイ)長城は、北京市の北東部に位置する長城。 北京市中心からは約70キロメートルに位置し、約2時間で行ける。 最も多くの観光客が訪れる、八達嶺(バダリン)長城に次いで人気の長城だ。 八達嶺(バダリン)長城に比べると小規模だが、観光客が少なく混雑もないのでゆっくりと時間をかけて散策することができる。

Ming Tombs

明の十三陵

最大規模の皇帝陵墓群

北京市の北北西、市内中心部から約50キロメートルに位置する、八達嶺に連なる天寿山の南の麓にある、明の十三陵。 三方を山に囲まれ、現存する皇帝陵墓群では最大規模のものだ。 明の時代の第3代皇帝永楽帝から第7代皇帝を除き、第16代皇帝までの十三人の皇帝とその皇后が眠る。

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Yihe Yuan Garden

頤和園

中国を代表する庭園となった、西太后の避暑地

現存する中国式庭園としては最大の規模を誇る。西太后が暮らしたという楽寿堂、執務室であった仁寿殿など、数多くの豪華な宮殿が建てられ、芝居を見るための舞台もあった。現在の庭園は第二次アヘン戦争後に再建されたもので、この再建のための莫大な費用は軍の予算から流用され、それが日清戦争で日本に負けた原因となったともいわれている。

Gong Wang Fu Residence

恭王府

清時代の皇族の邸宅と美しい庭園

1777年に建設され、200年以上に渡って非常によい状態で保存されている清時代の豪華な邸宅跡。 もとは、清の6代皇帝乾隆帝の家臣であった和坤(わこん)という貴族の邸宅であったが、権力を持ちすぎた和坤は失脚させられ没収された。 その後、清の8代皇帝の第6子恭親王奕訢(えききん)の邸宅となった。1927年に奕訢の子孫から教会が譲り受け、一時期学校として使われたが、現在は修復をしながら一般公開されている。

Chairman Mao Memorial Hall

毛主席紀念堂

どこよりも長い行列が出来る

1976年9月9日に中国建国の父・毛沢東逝去した翌年、1977年5月24日に後継者となった華国峰が建てさせた毛沢東を祀る廟。 敷地面積は57,000平方メートル、高さ33.6メートルの地上2階地下1階の巨大な建築物である。 大理石や御影石などが使われており、棺は水晶でできている。