特集

ローマの世界遺産

ローマから行ける世界遺産

旅行の面白みといえば、日本では見ることができない景色に出会うこと。 その最高峰が「世界遺産」だ。ローマから行ける世界遺産は全部で7箇所。 ローマに来たら是非足を伸ばしてみたいところだ。

Colosseo

【イタリア】ローマのお勧め定番観光スポット10選

初めてローマに訪れるなら、まずはこの定番スポットをチェック♪ 絶対行くべき定番スポットを厳選しました。

イタリアの世界遺産

イタリアの世界遺産

旅行の面白みといえば、日本では見ることができない景色に出会うこと。 その最高峰が「世界遺産」だ。イタリアには約50箇所の世界遺産が登録されている。 多くの世界遺産があるイタリア。仕事などで定期的に訪れている人を除いて、滅多にこれない国なので、なるべくたくさんの世界遺産に訪れたいものだ。

コロッセオ周辺×観光

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Colosseo in Rome

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コロッセオ

世界遺産、ローマ帝政期の円形闘技場

ローマを代表する観光地で、建設者がフラウィウス朝の皇帝であることから建設当時の正式名書はフラウィウス円形闘技場。 紀元前72年に建設されたコロッセオは、高さ48メートル×長径188メートル×短径156メートルの周囲527メートルの楕円形で約50,000人を収容できたとされる。

Basilica di Santa Maria in Cosmedin in rome

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真実の口

「ローマの休日」に登場した真実の口

古代の井戸の蓋、マンホールの蓋といわれ、映画「ローマの休日」名シーンでも有名な「真実の口」を柱廊の端に持つサンタ・マリア・イン・コスメディン教会。 6世紀頃食品市場であった場所に建てられた教会を、8世紀法王ハドリアヌス1世が迫害から逃れてきたギリシャ人修道士のために改築した。 その後も増築、破壊、改修等が繰り返されたが、現在は典型的なバシリカ建築で鐘楼はロマネスク様式を模している。

Foro Romano in Rome

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フォロ・ロマーノ

古代ローマの政治・経済・宗教の中心地

フォロ・ロマーノはコロッセオの西方、徒歩12分の位置にある正方形の広場。敷地は南西約100メートル×約東西300メートルに及び、周囲には古代ローマの遺跡が立ち並ぶ。1980年、ローマ歴史地区として教皇領サンパオロ・フォーリ・レ・ムーラ教会とともに世界文化遺産に登録された。歩き回って各遺跡を見学することになるので、歩きやすい靴と飲み物の用意は必須。また、各遺跡の看板や案内は少ないので、地図やガイドブックも準備しておこう。 なお、フォロ・ロマーノは周辺の観光スポットとの共通チケットとなっている。1枚でフォロ・ロマーノ、コロッセオ、パラティーノの丘の3ヶ所の内2つのスポットに入場可能だ(1つ目の入場から次の日まで有効)。距離も近いので同じ日に2ヶ所回る事も十分可能だ。

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Monte Palatino in Rome

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パラティーノの丘

ローマ人が憧れた高級住宅パラティーノの丘

パラスティーノは西にテヴェレ川の流れを見下す切り立った丘である。 その名は牧畜の守護神パレスに由来し、彼女を祝う大古の祭日パリリアにあたる4月21日はローマの建国記念日となっている。 古代ローマの政治経済の中核となったフォロ・ロマーノの南側に位置するパラティーノの丘は共和制時代から帝政時代にかけて貴族や有力者の住む住宅地であった。 フォロ・ロマーノに比べると緑が多いパラティーノの丘は、季節によって色とりどりの花が咲き誇り、古代ローマのノーブルな人たちにとって憧れの住宅地であった。

Piazza del Campidoglio in Rome

カンピドリオ広場

ミケランジェロが作り出した空間に入り込む

決して魅力を枯らすことがない「永遠の都」ローマには7つの丘がある。 そのひとつ古代ローマの政治、経済、宗教の中心地で、今も遺構が残るフォロ・ロマーノに近い聖地カンピドーリオの丘には、教皇パウロ3世の要請でミケランジェロが作り出した空間、カンピドリオ広場がある。

Arco di Constantino in Rome

コンスタンティヌスの凱旋門

パリの凱旋門のモデルになった凱旋門

コンスタンティヌスの凱旋門は円形闘技場コロッセオとフォロ・ロマーノ、パラティーノの丘の間に位置する、高さ21メートル、ローマ最大の凱旋門である。 312年、西ローマ帝国のコンスタンティヌが正帝マクセンティウスに勝ったミルヴィオの戦いの勝利を称え、315年ローマ元老院と市民が建てたものである。

Domus Aurea in Rome

ドムス・アウレア

消されたネロの黄金宮殿

ローマ帝国第5代皇帝ネロが建設した「黄金宮殿」ドムス・アウレアの遺跡である。 80ヘクタールの土地に建てられた贅を尽くした宮殿であった。 54年に即位したネロは、パラティーノの丘の宮殿を拡張して住んでいたが、往時、市民の家の多くが木造であった。 部下に新たな宮殿の造営を命じた後に、64年に大火災が起こり、ローマ市街が焦土と化した後に建設されたことで、元老院や市民の反感を買い、68年、ネロが失脚する原因となった。 ネロの死後、豪華な宮殿は104年に大火災に遭い、後継者たちは土をかけて埋め、建物のすべての痕跡の消去を図り、その敷地は次々と公共建築用地に転用された。

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Piazza Vevezia in Rome

ベネチア広場

トリコロールカラーのベネチア広場を渡れるか

ローマ旧市街の中心に位置し、各方面へ延びる道路が集中する地点でもあるベネチア広場。 広場の中央は緑の芝生になっていて、正面には白亜のヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂と、その西側には初期ルネサンス様式のレンガ色のベネチア宮殿が配置され、そのコントラストがトリコロールカラーのようで美しい。

Circo Massimo in Rome

チルコ・マッシモ

古代ローマ最大の競技場

チルコ・マッシモとは古代ローマ時代に建設された競技場のことである。直訳すると最大級の周回路である。 アヴェンティーノの丘とパラティーノの丘の間に所在し、古代ローマでは最大のものであった。長さは621メートル、横幅118メートルで、1万5千人の人を収容できたとされる。 現在は市民が利用できる広場となっており、誰でも入ることができる市民の憩いの場となっている。

Piramide Cestia in Rome

ピラミデ

街の中に存在するピラミッド

この、ローマの町中に突如と出現するピラミッドは紀元前12年にガイウス・ケスティウスによって建設された。 そして後に、271年から275年の間に建設された、ローマを囲むアウレリアヌスの市壁に組みこまれ、現在のような形となった。