二二八和平公園の観光情報(歴史・料金・行き方・営業時間)

二二八和平公園 (ニニハチワヘイコウエン)
二二八和平公園 (アーアーバーホービンゴンユェン)

2017/05/15 更新

データガイド

アクセス・入場

概要

歴史ある台北市民の憩いの場

228 Peace Memorial Park

二二八和平公園は台北市内中心部にある緑あふれるヨーロッパ風公園である。
日本統治時代に日本政府が作った初の近代的な都市公園で「台北新公園」と名付けられていた。
面積は約7万平方メートルあり、美しい池に中国風の涼亭が建つ。早朝は太極拳を行う市民の姿がみられる。

公園内部には青いドームのギリシャ様式の国立台湾博物館、二二八和平紀念碑、台北二二八和平紀念館、また付近には総統府、城中市場中山堂などがあり、台湾の文化的中心地となっている。

1947年2月28日に、この公園をの周辺を中心に二・二八事件が起きた。
詳細はこの公園内にある、台北二二八和平紀念館に譲るが、台湾全土で多数の一般市民が犠牲になり、中国としての中華民国の支配力が強くなり、「戒厳令」が敷かれ、国家への不満が抑圧された時期が1992年まで続いた。
この事件について知るとき、今日の民主的で自由な台湾のイメージはこの20年のことだという事実に驚かされるだろう。

見どころ

二二八和平紀念碑について

228 Peace Memorial Park

1996年この公園に二二八和平紀念碑が設置され、公園の名称は二二八和平公園と改められた。
この記念碑の碑文を要約すると、下記の内容が記されている。
1945年日本が敗戦投降し、平安が訪れたと皆が歓喜した。
しかし台湾行政長官の陳儀は台湾人を大切にしない不義の統治者であった。
民の不満は高まり、1947年、路上で婦人を殴打し、一般人を射殺したことから、台北市民は謝罪を求めてデモ行進を行った。
そこでも一方的な射撃が行われ、大きな政治改革運動になった。
そして、調停に応じる話になったはずが、陳儀は南京の蒋介石に援軍を頼み、21師団の軍隊が本土より来て、台湾中の台湾人数万人を殺戮した。

それから約50年、台湾は戒厳令が敷かれ、この出来事はタブーとされた。
しかし、この長期の台湾内部の台湾人と中国人の対立は発散されるべきだ。
この碑文をもって、天の死者、地の遺族の心をなぐさめ、今後互いに慈愛をもち助け合い、平和な社会を実現することを誓う。

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(Photo by Peellden)

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