市内北部×公園・広場・通り

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市内北部×公園・広場・通り

8件

Yuan Ming Yuan Old Summer Palace Beijing

1

円明園

清王朝が作り上げた、東洋一美しい庭園

円明園は、清王朝が作り上げた、東洋一美しい庭園だと言われている。もとは広大な敷地の一部分だったところが次第に拡張されて、円明園となり、長春園、綺春園が増設、三つの園から成る広大な庭園となった。1856年に勃発した第二次アヘン戦争(アロー戦争)によって一時は廃墟となったが、園内は少しずつ整備され、大がかりな復旧計画も建てられている。園内の大きな池ではボートも楽しむ事ができ、観光地として、また憩いの場としても人気があり、現在では多くの人が訪れる。 また園内は非常に広いので、入口から一番遠い西洋楼までは徒歩で30分以上かかる。園内をバスで移動するか、船を利用するのをお勧めする。

Zhongguancun

2

中関村

中国のシリコンバレー

北京市北西部に位置し、西北三環路と西北四環路の間にある、電子製品街として栄えてきた中関村は、国内外のIT起業や研究所が集まるようになり、中国のシリコンバレーと呼ばれている。 中国の国家プロジェクトであるハイテク技術産業開発区、中関村サイエンスパークがあり、国内きっての名門大学である北京大学、清華大学が隣接している。

Yihe Yuan Garden

3

頤和園

中国を代表する庭園となった、西太后の避暑地

現存する中国式庭園としては最大の規模を誇る。西太后が暮らしたという楽寿堂、執務室であった仁寿殿など、数多くの豪華な宮殿が建てられ、芝居を見るための舞台もあった。現在の庭園は第二次アヘン戦争後に再建されたもので、この再建のための莫大な費用は軍の予算から流用され、それが日清戦争で日本に負けた原因となったともいわれている。

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Gong Wang Fu Residence

4

恭王府

清時代の皇族の邸宅と美しい庭園

1777年に建設され、200年以上に渡って非常によい状態で保存されている清時代の豪華な邸宅跡。 もとは、清の6代皇帝乾隆帝の家臣であった和坤(わこん)という貴族の邸宅であったが、権力を持ちすぎた和坤は失脚させられ没収された。 その後、清の8代皇帝の第6子恭親王奕訢(えききん)の邸宅となった。1927年に奕訢の子孫から教会が譲り受け、一時期学校として使われたが、現在は修復をしながら一般公開されている。

Beijing Olympic Park

オリンピック公園

北京オリンピックの会場となった場所

オリンピック公園は、2008年に開催された北京オリンピックの会場となった総合運動公園だ。 総面積約12平方キロメートルあり、オリンピック森林公園、スポーツ施設、国家オリンピックスポーツセンターの三つに分かれている。

Temple Of The Earth

地壇公園

春節の廟会でおなじみ

明清時代の皇帝が地の神を祀った所である方澤壇とも呼ばれる地壇は、1530年(明の嘉靖9年)に建てられた。 1925年に一般に開放され、京兆公園と名づけられたが、その後市民公園に改称、更に1957年に地壇公園と改称された。 現存する唯一の国内最大の祭場である。 方澤壇・皇祗室・宰牲亭・齋宮・神庫等の古代建築が残っている。

Shichahai gongyuan

什刹海公園

都会のオアシス

近代的な高層ビルが建ち並ぶ北京市の中心部に位置する什刹海公園。 前海、後海、西海の三つの湖が連なり、周囲は昔ながらの伝統的な建物が並ぶ胡同が入り組み、趣ある景観が続く。 前海と后海をつなぐ水路にかかる銀錠橋周辺にはおしゃれなカフェやレストラン、バーが並び、湖畔に設けられたオープンテラスで食事を楽しむことができる。

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Zhong lou

鐘楼

北京に時を告げた鐘楼

北京市東城区、鼓楼の北側約200メートルに位置する鐘楼。 鼓楼と鐘楼は、天壇、前門、天安門、紫禁城と一直線上に並び、紫禁城の北側の守としても知られている。 明の時代に建造された鐘楼は、かつては鐘で時を告げる重要な役割を果たしていた。 夜が明けると、この鐘楼の鐘の音とともに城壁の門が開けられたという。