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アルムデナ大聖堂の見所、料金、営業時間、アクセス・行き方等の観光情報

アルムデナ大聖堂
Santa María la Real de La Almudena

2016/12/13 更新

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概要

マドリードの大聖堂

Santa Maria la Real de La Almudena

歴史ある街マドリード、その中で大聖堂が非常に新しいことには違和感を覚えるのではないだろうか。
王宮の横に立つ巨大なアルムデナ大聖堂が完成したのは1993年のこと。
その年に、ヨハネ・パウロ2世ローマ教皇によって大聖堂に選ばれた。

大聖堂とはただ単に大きい教会というわけではなく、教区を統括する役割を持ち、司教座を置く、その地域の信仰の中心地となる聖堂である。

スペインの首都は1561年にトレドからマドリードへ遷都された。
しかし大司教座がトレドのままだったために、約400年もの間マドリードは大聖堂を持たない首都であった。
ヨーロッパでは古くから信仰の中心地に自然と都市が出来上がることが多いが、マドリードには大聖堂がないまま首都になってしまったのだ。
この大聖堂の完成までは、トレド通りにある聖イシドロ教会がこの街で大聖堂の代わりを担っていた。

首都が移った16世紀にはすでに大聖堂の建設計画があったが、当時はエル・エスコリアル宮殿の建築中で忙しく、計画は忘れ去られ、大聖堂の建設が始まったのは3世紀も後の19世紀末。
しかしスペイン内戦が始まり工事が中断、1993年にようやく完成を迎えた。

4世紀にもまたがる計画だったため、そのデザインはユニークだ。
特に礼拝堂は歴史復古調な要素とポップアートの要素が融合した現代アートを見ることができる。
博物館(有料)に入場すると展望台に上ることも可能。
近年王族の婚礼の儀式が行われたことで話題になった大聖堂である。

見どころ

①守護聖人「アルムデナの聖母」

Santa Maria la Real de La Almudena

アルムデナという名前は、マドリードの守護聖人である聖母の名前に由来し、聖母がマドリードを守った伝説が残されている。

マドリードの地はかつてイスラム教徒であるムーア人の侵略を受け、一度占領されている。
それ以前にここに住んでいたキリスト教徒は、木製のマリア像を信仰の対象としていた。
ムーア人が攻め込んできたときにキリスト教徒たちはこのマリア像を守ろうと、2本の蝋燭に火を灯してその陰にマリア像を隠した。

1083年にアルフォンソ6世が再びマドリードをムーア人から奪取すると、かつて大切に信仰されていた木製のマリア像を探した。
なかなか見つからなかったマリア像だが、現在大聖堂が立っているあたりを王の行列が通った際に偶然発見された。
ムーア人が作った城壁の一部が崩れ、中からマリア像が出てきたのだ。
その時にまだ2本の蝋燭には火が灯ったままだったという言い伝えがある。
マドリードがムーア人に侵略されてから、実に373年後のことである。

アラブ語で城壁を意味する「アルムダイナ」が「アルムデナ」の由来になっている。

②地下聖堂クリプタ

Santa Maria la Real de La Almudena

大聖堂は王宮と向かい合っているため、王宮の反対側、大聖堂の裏にも入り口があることを知る人は少ない。
この入り口はスペインで最も大きいクリプタという地下聖堂への入り口だ。

クリプタに入ってすぐに寄付金として入場料を払うと、左右に整然と並ぶ白く大きな柱の列が迎えてくれる。
地下聖堂内に400本ある柱は、1本1本のデザインが異なるというから興味深い。
大聖堂の本殿と同じ面積の地下聖堂であるため、実に巨大な地下空間がひろがっている。
足元には王族たちが眠る棺が納められている。

見逃してはならないのが1083年にアルフォンソ6世が描かせたと言われる絵画。
マドリードで最古の宗教画と言われ、純潔を意味する百合と聖母が描かれている。
地下の採光で輝くステンドグラスはマドリードで最も美しいと称される。
主祭壇まで進むと、アルムデナ聖母のレプリカを見ることができる。

アルムデナ大聖堂の危険対策

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