アッピア旧街道周辺×ローマ時代の建築物

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アッピア旧街道周辺×ローマ時代の建築物

7件

Terme di Caracalla in Rome

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カラカラ浴場

古代ローマの公衆浴場の遺跡

カラカラ浴場は古代ローマの大温泉施設の遺跡。敷地は長さ225メートル、幅185メートル、高さ38.3メートルと広大で、温浴層、熱浴槽、寒浴槽を含む温泉施設だけではなく、庭園、遊戯施設、図書室等を併設。寒い時期には床暖房も完備されていた、古代ローマ最大の娯楽施設であった。現在、屋根は残っておらず吹きさらしとなっているが、石造りの壁と当時浴場内にあったカラフルなモザイク床があちこちに残されている。 他の観光スポットから少し離れておりアクセスはいまいちだが、映画「テロマエ・ロマエ」を見たことのある人にとってはおすすめのスポットだ。残された遺跡から古代ローマの様子を想像してみよう。

Via AppiaAntica

2

アッピア旧街道

最も有名なローマ街道のひとつ

ローマ帝国時代に「全ての道はローマに通ず」の言葉に基づき築かれた街道の中で現存する最も有名な石畳舗道のひとつ。 ローマから南東に一直線に伸びる。「街道の女王」の異名を持つ。 1784年に旧街に平行して新しいアッピア街道が平行して作られたため、以来アッピア旧街道と呼ばれるようになった。

Porta S. Sebastiano

3

サン・セバスティアーノ門

今なお残る巨大なローマ時代の城壁

サン・セバスティアーノ門として知られる旧アッピア門は、アウレリアヌス城の城壁に用いられていた城門である。 アウレリアヌス城壁は、271年から275年、アウレリアヌス帝とプロブス帝の時代に造られた。

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Circo di Massenzio

4

マクセンティウスの競技場

幻の戦車競技場「マクセンティウスの競技場」

ローマ市民によって擁立されたマクセンティウス帝の四分統治時代(306年-312年)に建築された。 古代ローマで戦車競走が行われた競技場(キルクス)で戦車競技場の遺跡としては保存状態が最良である。

Mausoleo di Romolo

ロムルスの廟

ロムルス一族が眠るロムルスの廟

円形の建物内の墓室にはロムルス一族の遺骨が納められている。 ウァレリウス・ロムルスは、308年309年にローマ帝国の執政官として活躍した。 父は後の皇帝マクセンティウス、母親は皇帝ガレリウスの娘ウァレリア・マクシミラ。祖父は、マクシミアヌス帝。 306年に父・マクセンティウスがローマ皇帝となった。 308年には父と共に執政官になり、310年には単独で執政官となる予定であった。

Tomba di Cecilia Metella

チェチーリア・メテッラの墓

アッピア街道沿い最大の遺構「チェチーリア・メテッラの墓」

名門貴族出身のチェチーリア・メテッラの墓である。 アッピア街道沿いに残された遺構の中で最大規模を誇る。 円筒形の建物で上部には帯状装飾(フリーズ)も伺える。 チェチーリア・メテッラは、第一次三頭政治家の1人、クラッススの妻であったと伝わる(クラッススの息子・クラッススの妻だったという説もある)。

Villa dei Quintili

クインティーリ荘

ローマ郊外で最も広く豪華であった邸宅跡

151年頃、 第16代ローマ皇帝マルクス·アウレリウス帝が治めていた時代、 貴族のクインティーリ(クインティリアヌス)兄弟が建てた邸宅。 アッピア新街道と旧街道の間に位置し、かつては、ローマ郊外で最も広く豪華な住まいと言われた。 クインティーリ(クインティリアヌス)は、ローマ帝国の修辞(レトリック)学者である。その後、ネルウァ=アントニヌス朝最後の皇帝コンモドゥス(在位180年~192年)により皇族財産となり拡大した。

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