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聖ポール天主堂跡の観光情報(歴史・料金・行き方・営業時間)

聖ポール天主堂跡 (セイポールテンシュドウアト)
聖保祿大教堂遺址 (ルイナス ダ アンティガ カテドラル デ サン パウロ)

2017/05/05 更新

Ruinas da Antiga Catedral de Sao Paulo_01

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概要

ファサードのみを残し消えた大聖堂

Ruinas da Antiga Catedral de Sao Paulo_01

マカオにある、イエズス会により17世紀に建てられた大聖堂の遺跡。
マカオにおける最も有名な歴史的建築物で、多くの観光客を集めている。
大三巴牌坊または大三巴、牌坊とも呼ばれる。

1582年に聖アントニオ教会付属の教会として建てられたが、1601年火災により焼失した。
1602年よりイエズス会が再建を開始し、1640年に竣工。
当時アジアで最大のカトリック教会であった。
しかし、1835年、台風の際に起こった火災で再び焼失。
残ったのは石造りのファサードのみと考えられていた。
その後、1990年から1995年にかけてマカオ文化局が発掘調査を行ったところ、地下納骨堂と建物の基礎部分を発見。
さらに、地下納骨堂からは修道士の遺骨や数多くの宗教遺物が発見された。
これらの発見を受けて、マカオ文化局は地下納骨堂を復元。
博物館として整備され、現在では一般に公開されている。
また、ファサードは倒壊を防ぐためコンクリートと鋼鉄で補強されている。

2005年には、マカオ歴史地区の一部としてユネスコ世界遺産に登録された。
小高い丘の上に建つ美しいファサードを一目見ようと世界中から多くの観光客が集まる人気のスポットとなっている。

見どころ

①美しいファサードに刻まれた様々な文化

Ruinas da Antiga Catedral de Sao Paulo_01

幅23メートル高さ25.5メートルのファサードは、1620年から1627年にかけて造られた。
中心となった人物はイタリア人イエズス会士カルロ・スピノラ。
彼を中心として、迫害され国を追われた日本人のキリスト教徒や現地の職人が集まり、ファサードを完成させた。
現在、ファサードの背後には鋼鉄製の階段が作られており、ファサードの上部まで上ることができる。
大きな階段については賛否両論あるようだが、ファサードを通して見えるマカオの風景は美しいと評判。

ファサードに刻まれた彫刻にも注目したい。
例えば4人のイエズス会における聖人の像。
特に、左から2人目のイグナチウス・ロヨラ、右から2人目のフランシスコ・ザビエルは有名だ。
彼らの一段上には聖母マリアの像が天使に守られるようにして建っている。
また、漢字や中国の獅子の姿など、アジアの文化を所々に見ることができるのもこのファサードの特徴のひとつ。
中でも面白いのは、『聖母踏龍頭』と傍らに書かれた、七つ頭のヒドラとそれを踏みつける女性の彫刻。
神話や聖書を題材にしたとの説もあるが、日本人のキリスト教徒が、キリスト教を迫害する徳川家康をヒドラという姿で表現したものだとの説もある。

②地下に造られた「天主教芸術博物館」

Ruinas da Antiga Catedral de Sao Paulo_01

ファサードを抜けて進むと博物館と地下納骨堂がある。
地下を入って左手にあるのが博物館、右手にあるのが地下納骨堂である。

博物館には、16世紀から19世紀にかけて使われていた数々の宗教美術品が展示されている。
それらはもともとペンニャ教会聖ローレンス教会聖ドミニコ教会、聖ヨセフ教会に納められていたものだという。
また、火事の際唯一残った大天使ミカエルの絵や、16世紀に使われた銀製香炉、聖水の器なども展示。
日本と関わりの深い展示品としては、1597年に長崎のキリシタン26名が磔にされた様子を描いた殉教図(複製)が挙げられる。

ファサード建設や殉教図に限らず、聖ポール天主堂と日本との関わりは意外と深い。
かつて大聖堂に併設されていた教育機関・コレジオには、ローマへの行きと帰りの2度天正遣欧少年使節団が宿泊したといわれている。
また、地下納骨堂にも、聖職者の遺骨などと共に日本人の殉教者の遺骨が納められている。
日本とマカオの歴史的なつながりに思いを馳せつつ見学したい。

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(Photo by Jennifer Morrow)

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