市内北部×建築物

7件

Yihe Yuan Garden

1

頤和園

中国を代表する庭園となった、西太后の避暑地

現存する中国式庭園としては最大の規模を誇る。西太后が暮らしたという楽寿堂、執務室であった仁寿殿など、数多くの豪華な宮殿が建てられ、芝居を見るための舞台もあった。現在の庭園は第二次アヘン戦争後に再建されたもので、この再建のための莫大な費用は軍の予算から流用され、それが日清戦争で日本に負けた原因となったともいわれている。

Gong Wang Fu Residence

2

恭王府

清時代の皇族の邸宅と美しい庭園

1777年に建設され、200年以上に渡って非常によい状態で保存されている清時代の豪華な邸宅跡。 もとは、清の6代皇帝乾隆帝の家臣であった和坤(わこん)という貴族の邸宅であったが、権力を持ちすぎた和坤は失脚させられ没収された。 その後、清の8代皇帝の第6子恭親王奕訢(えききん)の邸宅となった。1927年に奕訢の子孫から教会が譲り受け、一時期学校として使われたが、現在は修復をしながら一般公開されている。

Temple of Confucius and Guozijian Museium

3

孔廟・国子監博物館

歴史的価値の高い文化財

北京で一番大きなチベット仏教寺院、雍和宮の向かいに位置するのが孔廟と国子監博物館だ。 孔廟は安定門内の国子監街にあり、思想家、孔子を祀っている。1302年に建立された、赤と黄金の瓦屋根が鮮やかな美しい廟だ。瑠璃色に装飾された大成門をくぐると、孔子の像が迎えてくれる。 国子監博物館は、「左庙右学(左に廟、右に学)」と言われる中国の伝統的な建築思想に則って孔廟の隣に建てられている。2つの建物は敷地内でつながっており、30元の入場料で両方を参観することができる。周りを木々に囲まれ、静かで落ち着いた空間となっている。

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Maodun Former Residence

4

茅盾故居

現代中国文学を代表する作家の終の住処

中国共産党に属し文化大革命を推進した偉大な文学家、茅盾(ぼうじゅん)。 のちに作家活動に専念し、一時は日本に亡命していたといわれる。 その後1974年から亡くなるまでこの地で過ごした。

Great Bell Temple

大鐘寺

世界最大級の鐘が掛けられた大鐘寺

北京市海淀区に位置する大鐘寺。 清の時代1743年に建てられ、正式名を覚生寺という。 かつては、皇帝が雨乞いの儀式を行う際に利用されていたと言われている。 その後、北京遷都の際に皇帝永楽帝の勅命で造られた世界最大級の大きな鐘が掛けられたことから、大鐘寺と呼ばれるようになった。

Deshengmen Arrow Tower

徳勝門箭楼

戦場に向かう兵士たちが出発した門

1439年(明代正統4年)に建造された北京の内城の九門のうちのひとつ。9つのうち現在残っているのはここと正陽門のみ。 城楼・箭楼・瓮楼からなる防御機能に優れており、1449年に蒙古軍、1629年に金軍と大きな攻防を展開した。

Mei Lanfang Memorial

梅蘭芳記念館

花の生涯。梅蘭芳

中国が世界に誇る文化、京劇。 梅蘭芳は1894年、祖父、父三代にわたる京劇の名優の家柄に生まれ、名女形として数々の舞台に立った。 1919年に日本公演、1930年にアメリカ公演など、国内のみならず、海外公演も行うなど京劇の発展と革新に大きく貢献した。

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