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徐光啓墓の見所、料金、営業時間、アクセス・行き方等の観光情報

徐光啓墓 (ジョコウケイボ)
徐光启墓 (シュグゥァンチームー)

2016/08/04 更新

the tomb of Xuguangqi

概要

特徴

明代の政治家であり、暦数学者でもあった徐光啓の墓。彼の妻と孫夫婦がともに埋葬されている。息子達は伝統的な埋葬方法に基づき、徐光啓の父親の墓に埋葬された為、徐光啓墓には埋葬されていない。また、明代の習慣として、墓には正面に墓道が作られ、石碑、石人、石馬、石虎、石羊、華表、牌坊等が置かれた。その様式を今も見ることができる貴重な場所だ。

歴史

徐光啓は1562年に生まれる。政治家として礼部尚書、内閣大学士を務め、学者としては、ユークリッド原論を翻訳した「幾何原本」や暦法書「崇禎暦書」などの刊行に尽力した。1633年にこの世を去るが、その功績は大きく、当時の皇帝・崇禎帝より哀悼の辞と葬儀費用を賜うほどであった。その費用により1634年以降建てられたのが、この徐光啓墓である。もっとも、社会騒乱により棺が現在の場所に安置されたのは1641年のことだった。

1903年には、熱心なカトリック教徒だった徐光啓のために、カトリック上海教区が徐光啓受洗300年記念の石牌坊を再建、墓前に十字架を立てた。1988年には国務院により「全国重点文物保護単位」に認定され、2003年には徐光啓死後370年を記念して公園(光啓公園)が整備され、現在の姿となる。

(Photo by Pyzhou)

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