日本では集合時間厳守は当たり前で、5分前、10分前には到着すべきとの意見すら聞かれる。また、日本の鉄道時刻管理は世界一正確であり、飛行機の提示到着率一位もJALだ。日本ほど時間に正確な国は他にはないと言っても過言ではないだろう。日本人としてはそれが当然なので、逆に時間にルーズな人は批判の対象になる場合がある。だが、どうしようもないのは外国人だ。日本ほど時間に細かい国は他にはないのだから、外国人と待ち合わせをする場合に同じような時間感覚ではないのはある種当然のことだ。外国人はルーズだと言う話をよく聞くが、実際のところ、どの程度日本の感覚とことなるのだろうか。現地在住ライターがリポートする。

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【インド】時間にルーズという自覚はないインド

(現地在住ライター アジュナン ナオミ

インド人が時間にルーズと言う事は比較的知られていることだろう。もちろんインド国外で働くインド人たちはまた違った感覚を持っているのでインド人と当てはめてもいけない。

インドで生活をしていると「明日来るよ」と言う事は「明日辺りに来る」ことであり、簡単に予定は明後日になっていたりする。はっきり言って彼らに時間にルーズという自覚はないだろう。「来たのだから大丈夫」なのだ。

もちろんこの状態でビジネスなど出来ない。ビジネスの場ではもう少しちゃんとしている。「8時」が「8時-9時くらい」になるだろう、ルーズなのではない、ちょっと遅れるだけなのだ。朝の出勤時間は顕著で良く遅れてくる。理由は「バスが遅れた」のだ。でも毎日なのだから、バスが遅れているのではない。

電車やバスは思ったほど遅れておらず、スタートはちゃんとしている。ただ少しづつズレていくだけなのだ。インドの渋滞は確かに予期できないし、警官に渋滞の理由を聞けば「雨だから」と言われてしまう。確かに高架下ではバイクが横並びに雨宿りしているお陰で道は半分ふさがっている。誰も慌てないし、イライラしない。こんな時は笑って受け入れるのが正解ではないだろうか。

【ブラジル】待つのも待たされるのも

(現地在住ライター 増成かおり

私の暮らすサンパウロはビジネスの町だ。ブラジルで最も時間に厳しい町かもしれない。それでも地下鉄にもバスにも時刻表はない。ここは、時計の進み方が日本とは違う。

以前、私はあるスクールに通っていた。渋滞に巻き込まれた日、レッスンに5分遅刻すると連絡して急いで行くと、「5分の遅れで連絡する生徒は他にはいない!」と先生に褒められ、力強くハグされた。時々その先生も、コーヒーを片手に遅れて教室に現れていた。

この国では5分の遅れは遅れのうちに入らない。10分でも、15分でもそうだ。そう思ったのは、友人が待ち合わせに50分も遅れた時だった。謝りもしないので腹が立って文句を言うと、逆に「あなたも遅れてくればいい」と言われた。こうなると待ち合わせの意味がないのだが、この友人にとって、待つのも待たされるのも大したことではないらしい。

もちろん、時間を守るブラジル人も存在する。私には、待ち合わせには時間より早く現れ、トラブルで遅れるときには必ず連絡してくれる友人がいる。待つのも待たされるのも嫌いなのだそうだ。

ここは日本ではない。遅れるのは仕方ない。ドタキャンも、仕方ない。しかしみんなスマホを持っている。どうか連絡だけはして欲しいと思うのは、私が日本人だからだろう。友人が連絡もなしに遅れると、強盗や事故を心配してしまう。

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【イギリス】ルーズさと正確さとを使い分けるイギリス人

(現地在住ライター 竹内奈緒美

イギリスと日本とでは人々の時間感覚が違う。定刻通りに物事は開始せず、バスや電車も遅れるのが普通である。よってイギリスの人々はその遅れを見越して行動しているのかと思いきや、大してそうでもない。イベントなどのタイムテーブルは単なる目安に過ぎず、開始時刻が遅れても予定通りのプログラムをこなすため、結局終了時刻も大幅に遅れるが、それでも人々は楽しそうに過ごしている。

ただ、これがビジネスでの待ち合わせや訪問等では話が違ってくる。ビジネスの場においては、日本以上に時間厳守なのだ。日本だと待ち合わせの場合は、その時刻よりやや早く到着するのが良いとされているが、イギリスは時間通りに到着するのが良いとされる。実際には時刻よりも早く到着しているはずなのだが、待ち合わせ場所には時間通りに現れる。会社訪問の場合も、ドアをノックするのは約束の時間きっかりだ。

イギリス人にとって、個人的な場合と社会的な場合とでは、時間感覚、ひいては行動原理までもが違うようだ。普段はルーズに、ビジネスでは正確に時間を捉えるイギリス人を見るにつけ、「時間通りに行動できるなら、普段から全員そうすれば良いのに」とやっぱり思ってしまう私は、まだまだイギリス人への理解が足りないのかも知れない。