2015年11月23日に靖国神社で火薬入りの金属製パイプが燃焼、トイレの天井を壊されるという事件が起き、日本のメディアは「韓国人男性の関与」を一斉に報じた。その後、犯行を行ったとして逮捕された韓国人男性は犯行内容を全面的に認め、犯行動機として、「反日行動が韓国社会で称賛される」とした上で、今回の犯行を通じて注目を浴びたかったというような趣旨の発言をしている。本当に反日であれば何をしても許されるというような風土が韓国国内にはあるのか、また、この事件に対して韓国国民はどのように考えているのかについて、HowTravel現地在住ライターがリポートする。

※この記事の内容は現地在住者自身の経験と知見に基づくものであり、HowTravelの主張を代弁するものではありません

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靖国神社爆破事件について韓国国民の所感

(現地在住ライター キム・ヒョンジ

靖国神社爆破事件について大多数の韓国国民の反応は、「何?それ知らない。そんな事が有ったの?」である。日本の事や海外ニュースに興味の有る友人で知っていた人もいたが、大多数は事件自体を知らないのだ。事件の詳細を説明すると、「韓国の恥じだ」と一言で片づけられてしまった。

反日思想が蔓延し、反日運動で法に触れても「反日無罪」と言われて居る韓国で、今回の事件は、ほとんど報道されていないのだ。報道されない(出来ない)理由は簡単だ。今回の事件は、韓国内で起きたのではなく、日本で起きた事であり、殺傷能力の無い幼稚な爆発物といは言え、やったことは「テロ行為」だ。靖国神社は、反日の象徴の一つで有るのは間違いないが、この事件の犯人を反日運動の英雄にでもしたら、韓国は「テロ国家」になってしまう。どんな事が有っても、この事件を肯定するような報道は一切出来ないのである。

かと言って、一刀両断に否定する事も出来ない。今まで、反日運動の先頭に立って居るのが政府と新聞を初めとするメディアだが、この事件を否定したら、今までの反日運動に矛盾が生まれるからだ。また、韓国内の右翼系団体が政府やメディアに対して抗議活動をする事は容易に想像できる。韓国国内では、反日行為は何をやっても良いが、国外で法に触れるような反日行為はするなとも言えない。もしその様な事を言えば、韓国は法治国家として機能していないと全世界に宣言したのと同じ事になる。

いずれにしても、今回の靖国神社爆破事件について報道する事は、韓国として得策と言えないのだ。最後に、今回の事件で逮捕された韓国人の若者の犯した事は、犯罪で有るのは間違いないが、小学生から高校生までの12年間、領土問題や慰安婦問題を初めとする反日教育を強要され、メディアを見ても反日ばかりだ。反日行為は良い事だと思いこむ人間が育って当たり前だし、そうしようとしているのだろう。今回の事件の真の犯人は、反日教育を推し進める韓国政府と反日を推奨するメディアなのだ。

ほとんど事件には関心がない韓国人、それよりも靖国神社にいるポケモンが気になる

(現地在住ライター キム・ハナ

靖国神社といえば、日本人では知らない人がいないだろう。なぜなら戦没者が祀られている場所としてかなり有名な神社だからだ。 韓国人から見た靖国神社は、正直なところよいイメージを持っていない人が多い。もちろん、日本に理解の深い人であれば日本が戦没者を祀り、慰霊するのは当たり前だと思う人もたくさんいる。しかしA級戦犯者はもちろん、当時の日本は韓国にとって侵略者であるため、一般人の戦没者であっても戦犯者が祀られているという意味で悪い印象を持つ人が多いのだ。

これを踏まえた上で、今回の靖国神社爆発音事件を見ると韓国人からは「よくやった」「英雄だ」などと賞賛されているのではないか?と想像してしまう人もいるかもしれないが、実はそうでもない。普段、靖国神社に対していい印象がない韓国人でさえ「日本に行ってまで何をしているんだ」「犯人は馬鹿じゃないか」という意見が多いように思う。また「一度韓国に帰ってきたのに、なぜまた日本に再入国したのか?」という疑問視の声もよく聞く。

それでもこのように意見が言える人はまだ関心があるほうで、 全体的にこの話題についてはほとんど関心がないと言ってもいいかもしれない。その証拠に、韓国の代表的なポータルサイト「NAVER」にて「ヤスクニ」と検索してみても、予測検索では爆発音事件に関する話題は一切出てこず、それよりも今流行のポケモンGOの影響で靖国神社にはどんなポケモンが出るかの方に関心が高いようで「ヤスクニ ポケモンGO」「ヤスクニ ポケモン」ばかりが表示される始末である。

韓国でこれほどこの事件において関心を持たれていないのは、日本ほどこの事件に関しては報道されていないという状況にも原因があるのかもしれない。しかし日本でも同じような状況はよくあるので、マスコミのあり方をも考えさせられる事件であった。