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ローマのローマ時代の建築物人気ランキング

ローマ時代の建築物

27件

Colosseo in Rome

1

コロッセオ

世界遺産、ローマ帝政期の円形闘技場

ローマを代表する観光地で、建設者がフラウィウス朝の皇帝であることから建設当時の正式名書はフラウィウス円形闘技場。 紀元前72年に建設されたコロッセオは、高さ48メートル×長径188メートル×短径156メートルの周囲527メートルの楕円形で約50,000人を収容できたとされる。

Basilica di Santa Maria in Cosmedin in rome

2

真実の口

「ローマの休日」に登場した真実の口

古代の井戸の蓋、マンホールの蓋といわれ、映画「ローマの休日」名シーンでも有名な「真実の口」を柱廊の端に持つサンタ・マリア・イン・コスメディン教会。 6世紀頃食品市場であった場所に建てられた教会を、8世紀法王ハドリアヌス1世が迫害から逃れてきたギリシャ人修道士のために改築した。 その後も増築、破壊、改修等が繰り返されたが、現在は典型的なバシリカ建築で鐘楼はロマネスク様式を模している。

Pantheon in Rome

3

パンテオン

ミケランジェロが「天使の設計」と賛賞した万神殿

「パンテオンを見ずしてローマを去る者は愚かなり」という言葉があるほどローマの街、歴史、市民にとって重要な建築物。 パンテオンには「万神殿(あらゆる神々を祭る神殿)」という意味があり、313年にキリスト教が公認されるまでは、その名の通り民衆各々が信じる神を祈りにこのパンテオンに集まっていた。

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Foro Romano in Rome

フォロ・ロマーノ

古代ローマの政治・経済・宗教の中心地

フォロ・ロマーノはコロッセオの西方、徒歩12分の位置にある正方形の広場。敷地は南西約100メートル×約東西300メートルに及び、周囲には古代ローマの遺跡が立ち並ぶ。1980年、ローマ歴史地区として教皇領サンパオロ・フォーリ・レ・ムーラ教会とともに世界文化遺産に登録された。歩き回って各遺跡を見学することになるので、歩きやすい靴と飲み物の用意は必須。また、各遺跡の看板や案内は少ないので、地図やガイドブックも準備しておこう。 なお、フォロ・ロマーノは周辺の観光スポットとの共通チケットとなっている。1枚でフォロ・ロマーノ、コロッセオ、パラティーノの丘の3ヶ所の内2つのスポットに入場可能だ(1つ目の入場から次の日まで有効)。距離も近いので同じ日に2ヶ所回る事も十分可能だ。

Castel Sant’Angelo in Rome

サンタンジェロ城

城跡サンタンジェロ博物館

トレヴィの泉やスペイン広場からバチカン市国に徒歩で向かうと、テレヴェ川岸に聳え立つ円形の城塞サンタンジェロ城に出会う。別名聖天使城、カステル・サンタンジェロともいわれる。頂点にあるハドリアヌス帝が戦車を引いている像が印象的だ。目の前にはベルニーニの天使が装飾されたサンタンジェロ橋がある。 教皇の隠れ家となったり、牢獄として使用されたりと、2000年の歴史の中でさまざまな役割を果たしてきたサンタンジェロ城。現在は国立博物館で、古代から近代までの武器、絵画や彫刻などを展示している。城の屋上にはラファエロ作の大天使ミカエルの大理石の像が立っているが、これはレプリカで本物は場内にある。 

Terme di Caracalla in Rome

カラカラ浴場

古代ローマの公衆浴場の遺跡

カラカラ浴場は古代ローマの大温泉施設の遺跡。敷地は長さ225メートル、幅185メートル、高さ38.3メートルと広大で、温浴層、熱浴槽、寒浴槽を含む温泉施設だけではなく、庭園、遊戯施設、図書室等を併設。寒い時期には床暖房も完備されていた、古代ローマ最大の娯楽施設であった。現在、屋根は残っておらず吹きさらしとなっているが、石造りの壁と当時浴場内にあったカラフルなモザイク床があちこちに残されている。 他の観光スポットから少し離れておりアクセスはいまいちだが、映画「テロマエ・ロマエ」を見たことのある人にとってはおすすめのスポットだ。残された遺跡から古代ローマの様子を想像してみよう。

Monte Palatino in Rome

パラティーノの丘

ローマ人が憧れた高級住宅パラティーノの丘

パラスティーノは西にテヴェレ川の流れを見下す切り立った丘である。 その名は牧畜の守護神パレスに由来し、彼女を祝う大古の祭日パリリアにあたる4月21日はローマの建国記念日となっている。 古代ローマの政治経済の中核となったフォロ・ロマーノの南側に位置するパラティーノの丘は共和制時代から帝政時代にかけて貴族や有力者の住む住宅地であった。 フォロ・ロマーノに比べると緑が多いパラティーノの丘は、季節によって色とりどりの花が咲き誇り、古代ローマのノーブルな人たちにとって憧れの住宅地であった。

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Arco di Constantino in Rome

コンスタンティヌスの凱旋門

パリの凱旋門のモデルになった凱旋門

コンスタンティヌスの凱旋門は円形闘技場コロッセオとフォロ・ロマーノ、パラティーノの丘の間に位置する、高さ21メートル、ローマ最大の凱旋門である。 312年、西ローマ帝国のコンスタンティヌが正帝マクセンティウスに勝ったミルヴィオの戦いの勝利を称え、315年ローマ元老院と市民が建てたものである。

Domus Aurea in Rome

ドムス・アウレア

消されたネロの黄金宮殿

ローマ帝国第5代皇帝ネロが建設した「黄金宮殿」ドムス・アウレアの遺跡である。 80ヘクタールの土地に建てられた贅を尽くした宮殿であった。 54年に即位したネロは、パラティーノの丘の宮殿を拡張して住んでいたが、往時、市民の家の多くが木造であった。 部下に新たな宮殿の造営を命じた後に、64年に大火災が起こり、ローマ市街が焦土と化した後に建設されたことで、元老院や市民の反感を買い、68年、ネロが失脚する原因となった。 ネロの死後、豪華な宮殿は104年に大火災に遭い、後継者たちは土をかけて埋め、建物のすべての痕跡の消去を図り、その敷地は次々と公共建築用地に転用された。

Circo Massimo in Rome

チルコ・マッシモ

古代ローマ最大の競技場

チルコ・マッシモとは古代ローマ時代に建設された競技場のことである。直訳すると最大級の周回路である。 アヴェンティーノの丘とパラティーノの丘の間に所在し、古代ローマでは最大のものであった。長さは621メートル、横幅118メートルで、1万5千人の人を収容できたとされる。 現在は市民が利用できる広場となっており、誰でも入ることができる市民の憩いの場となっている。

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