スポンサーリンク

フィレンツェ近郊×建築物

13件

Villa Medicea di Castello

1

カステッロ

メディチ家の別邸と庭園の一つ

フィレンツェ郊外北西に6.8キロメートル、バスで30分程度の場所にあるのがメディチ家の別邸カステッロ荘。 1477年にメディチ家がこの土地を購入し、邸宅庭園のデザインが行われた。 メディチ家の庭園は複数存在するが、カステッロ荘は郊外に作られた初めての別荘でもある。 邸宅内部は一般公開されていないが、庭園内は無料入場出来る。

Teatroromano di Fiesole

2

ローマ劇場

フィレンツェ近郊の古代ローマ遺跡

フィレンツェから郊外へバスで30分、フィエゾーレという町に保存状態のすばらしい古代ローマ劇場の遺跡がある。 フィエゾーレは、紀元前6-8世紀にエトルリア人によって築かれ、紀元前1世紀後半にはローマ人の街であったとされている。

Basilica di San Francesco

3

サン・フランチェスコ教会

愛と平和のシンボル「サン・フランチェスコ教会」

キリストに次ぐ聖人と言われる聖フランチェスコが眠る、愛と平和を象徴する教会。 アッシジという町にあり、ローマから約175キロメートル、フィレンツェからも約170キロメートルのイタリア中部にある。 この教会に眠る聖人アッシジのフランチェスコは、フランチェスコ会創立者として知られるイタリアで最も重要なカトリック修道士のひとり。

スポンサーリンク

Duomo di Prato

プラートのドゥオーモ

フィレンツェ近郊の街プラートにあるドゥオーモ

フィレンツェから北へ電車で30分弱、プラートという街のプラート・セッラリオ駅で降りると、徒歩5分でドゥオーモに辿り着く。 その白と緑のストライプ柄模様は、なんとも大胆なデザインだ。 この緑色部分の大理石はVerde id Prato(プラートの緑)と呼ばれ、プラート市内のモンテフェッラートという地域で採取されるものだ。 トスカーナ州の多くの主要な建築に多く使われている。

Villa Medicea di Poggio a Caiano

ポッジョ・ア・カイアーノ

メディチ家の別荘と庭園ポッジョ・ア・カイアーノ荘

フィレンツェから西へ約20キロメートルの郊外に位置するのが、メディチ家の別邸ポッジョ・ア・カイアーノ荘。 フィレンツェからバス1時間程度でアクセス可能。 この別荘は周辺に広がる緑地よりも、邸宅そのものに見どころがある。というのも、ポッジョ・ア・カイアーノ荘は数あるメディチ家邸宅の中でも珍しく建物内に入場することができる邸宅なのだ。 内部の一部には博物館となっている。しかも館内入場と博物館見学はすべて無料。

Battistero di San Giovanni

ピストイアのサンジョバンニ洗礼堂

モダンな外装とシンプルな内装が印象的な、14世紀のゴシック建築の洗礼堂

ドゥオモ広場に建つ八角形の建物が、ピストイアの洗礼堂と呼ばれるサン・ジョヴァンニ洗礼堂である。 洗礼者ヨハネ(イタリア語でジョヴァンニ)に捧げられた洗礼堂は、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂に付属する聖ジョヴァンニ洗礼堂と同じ八角形。

Duomo di Pistoia

ピストイアのドゥオーモ

イタリアで最も美しい高さ67メートル鐘楼とロマネスク様式の歴史ある聖堂

ピストイアのドゥオーモことサン・ゼノ大聖堂が建つこの場所には、5世紀頃にはすでに教会があり、12世紀から13世紀にかけて現在のロマネスク様式の聖堂に改装された。 かつて物見塔であったという高さ67メートルの鐘楼は、美しい装飾が有名。

スポンサーリンク

Cattedrale di San Romolo

フィエーゾレのドゥオーモ

ひときわ高い鐘楼が印象的な、フィエーゾレの守護神に捧げられた教会

古い歴史を持つ街フィエーゾレの守護神は、古代ローマの聖人、聖ロムルスである(ローマ建国の神話に登場するロムルスとは別)。 聖ロムルスは、異教徒の街であったフィエーゾレにキリスト教を広め、後に街の権力者の手によって殉死した。

Basilica di Santa Maria delle Carceri

サンタ・マリア・デッレ・カルチェリ教会

牢獄という名のつく教会

カルチェリとはイタリア語で「牢獄」の意味で、サンタ・マリア・デッレ・カルチェリ教会が建設される前は牢獄が建っていた。 1484年、ある子供が牢獄の壁に描かれた聖母子像を見たという。

Castello dellImperatore

プラートの皇帝の城(インペラトーレ城)

プラートを一望出来る城

13世紀に神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の居城として建てられた城で、狭間窓のある壁と塔から成る。 皇帝の城またはインペラトーレ城とも呼ばれる。現在内部には何もなく、市の管理下のもとで集会や文化的イベント会場として使用されている。

スポンサーリンク

スポンサーリンク