ベルリン・フィルハーモニーの観光情報(料金・行き方・営業時間)

ベルリン・フィルハーモニー
Berliner Philharmoniker

2017/05/05 更新

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概要

特徴

Berliner Philharmoniker

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の本拠地で、世界一のホールと評されることも多い。ヴィンヤード型の大ホールの収容人数は2440席、室内楽ホールは1180席。座席はゆったりしており、座り心地も抜群だ。

数多くのマエストロによる名演奏が行われてきた歴史深い場所であり、チケットを入手するのは困難。当日空席が出ることもあるので、開演1時間半前に当日券を確認してみても良いだろう。クラシックに知見のある人であれば必ず一度は足を運びたい場所だ。チケットは公式サイトの「CONCERT & TICKET」より購入可能。

歴史

ハンス・シャロウン設計のもと、1963年に竣工。以前はベルンブルガー通りにあり、1882年からベルリンを始め世界中の音楽愛好家の集まる場所だった。しかし他の多くのベルリンの施設同様1944年1月30日のベルリン空襲によって崩壊。現在では解体されてしまっており、跡地は公園となっているが、旧フィルハーモニーとして今もベルリン市民の記憶に残っている。

チェック

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団


幾つもの悲劇を乗り越えて伝説を作り続けてきた管弦楽団
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団はBPh(Berliner Philharmoniker)とも略され世界中から愛されている。1882年5月1日に設立され、当時は平均年齢30歳未満、60人のメンバーから構成される非常に若いオーケストラだった。

1895年にアルトゥール・ニキシュが常任指揮者に就任。彼の死後1922年から常任指揮者に就任したヴィルヘルム・フルトヴェングラーはナチス政策を批判。メンデルスゾーンを演奏会で取り上げたり(ヒンデミット事件)、ユダヤ人演奏家への援助も行ったりとナチス政策に反対した。1944年に空襲で旧フィルハーモニーが破壊されたあとも場所を変えながら演奏会を続け、傷ついたベルリン市民の希望となった。

フルトヴェングラーは非ナチ化裁判にかけられ指揮活動ができなくなった。続くレオ・ボルヒャルトが常任指揮者となったが、1945年8月23日、米軍兵士の誤射により、不遇の死を遂げる。後任のセルジュ・チェリビダッケがフルトヴェングラーの無罪獲得に尽力し、結果的にフルトヴェングラーは就寝常任指揮者に。それを引き継いだのは現在も膨大な音源が残るヘルベルト・フォン・カラヤンだ。

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(Photo by Alfredo Sánchez Romero)

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