ホアロー収容所の観光情報(歴史・料金・行き方・営業時間)

ホアロー収容所
Nhà tù Hoả Lò (ニャー トゥ ホア ロー)

2017/05/05 更新

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概要

多くのベトナム人が命を落とした収容所

Hoa Lo Prison

ベトナムがフランスの植民地であった時代(1887-1954)、フランス人により造られた収容所。
現在では建物の一部が歴史的建造物として保存されており、内部は博物館として公開されている。
収容所として利用されていた当時のまま独房、集団房が残され、拷問の道具や処刑に使われたギロチン、拷問や処刑の様子を描いたレリーフ、収容者の持ち物などが展示されている。
解説はベトナム語と英語だが、人形やレリーフを使った展示が多いため言葉がわからなくても理解することが可能。
人類の負の歴史に目を向けるのは辛いが、ベトナムの歴史を知るために訪れたい場所のひとつだ。

1896年、もともとは工芸品を作る村があった現在の場所に建設されたホアロー収容所。
高さ4メートル、厚さ0.5メートルの黄色の石壁で囲われた1キロ四方の敷地内には最大で2000人以上が収容されたこともあったという。
フランス植民地時代にはフランスの支配に抵抗するベトナム人たちが収容され、拷問を受け処刑された。
ディエンビエンフーの戦い(第一次インドシナ戦争中最大の戦闘)に敗れたフランスがベトナムから撤退した1954年以降、今度はベトナム人民軍の捕虜収容所として使われるようになる。
ベトナム戦争で捕虜となったアメリカ人が収容され、アメリカ人からは皮肉をこめて「ハノイ・ヒルトン」と呼ばれていた。
1993年、完全に閉鎖され、その後半分以上が取り壊される。
1997年には跡地にハノイタワーズという高層ビルが建設され、残された一部が博物館として公開、現在にいたる。 

見どころ

ベトナムの人々が抱いた革命への思い

Hoa Lo Prison

博物館の展示を通して知ることができるのは、残酷な収容や拷問、処刑の歴史だけではない。
フランス支配から脱却し独立のため戦ったベトナムの人々の思いを知ることができる。

まず注目したいのはフランス植民地時代の収容所で実際に使用されていた断頭台とそこに書かれた解説。
博物館には2台あったギロチンのうち1台が展示されているが、5人もの収容者がこの断頭台の露と消えたといわれている。
解説によれば、処刑された収容者の1人が処刑に際して放った言葉が記録に残されているという。
「国を奪われた私たちと侵略者のあなた方との生死を賭けた戦闘においては、私のような犠牲は当然である。しかし、最後には必ず私たちが勝利するだろう。」
死に直面してもベトナムが独立するという希望を語った言葉から、当時のベトナムの人々の強い思いを知ることができる。

また、1945年には100名以上もの収容者が下水管を通って脱走を図り成功。1951年にも16名の人々が脱走し、革命軍への復帰を果たしたといわれており、現在もその脱走の跡が残されている。
堅牢な収容所から命を懸けて脱出し、再び革命軍に加わるほどの強い思いが脱走の跡から伝わってくる。

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(Photo by Bryan Dorrough David McKelvey)

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