聖ヨセフ聖堂の観光情報(歴史・料金・行き方・営業時間)

聖ヨセフ聖堂 (セイヨセフセイドウ)
聖若瑟修院大樓及聖堂 (イグレジャ エ セミナリオ ディ エス ジョゼ)

2017/05/05 更新

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概要

特徴

Igreja e Seminário de S. José

聖ヨセフ修道院の隣に位置する教会で、地元の人々からは「三巴仔」とも呼ばれている。

聖ヨセフ修道院は、聖ポール大学とともに1728年に創設された修道院。中国や日本、その近隣への宣教活動の拠点であり、大学と同等の教育機関を持っていた。その隣、イエズス会により建てられた教会が聖ヨセフ聖堂である(着工は1746年、竣工は1758年)。

ユネスコが2001年に発行した「バロック建築世界地図」では、中国の代表的なバロック建築(1590年頃から盛んになった建築様式。彫刻、絵画等さまざまな芸術を用いて空間を表現)の建物として紹介されている。

聖堂内部で特に目をひくのは螺旋型の柱。他ではなかなか見ることのできない独特の形が面白い。また、美しいドーム型の天井にも注目したい。ちなみに天井には「IHS」という字が入ったイエズス会の紋章も刻まれている。

チェック

フランシスコ・ザビエルの上腕部分の遺骨

一度は日本に運ばれた縁の深い遺骨

聖堂を入って右側の祭壇には、フランシスコ・ザビエルの右腕上腕部分の遺骨が祀られている。ちなみに全身の遺骨はインド・ゴアのボン・ジェズ教会に、右腕の下腕部はイタリア・ローマのジェズ教会に安置されている。

フランシスコ・ザビエルはカトリック教会の司祭であり、宣教師。ポルトガル王ジョアン3世の依頼でインドのゴアに派遣され、アジアの人々にキリスト教を広めたが、1552年、マカオ南方にある上川島でその生涯を終える。遺体はインドのゴアに運ばれたが、イエズス会員の要望を受け、イエズス会総長がザビエルの片腕を日本へ送るようインド・ゴア支部に指示。1619年、右腕の遺骨はマカオを経由して日本へと運ばれた。しかし、当時日本は江戸時代。キリスト教は徳川幕府により迫害されており、遺骨を安全に保管できる状況ではなかった。このような経緯から、遺骨は再びマカオへと運ばれたのである。

マカオへ運ばれた遺骨は200年もの間聖ポール天主堂で保管されていた。しかし1835年の火災以降、聖アントニオ教会、聖フランシスコ・ザビエル教会を経て、現在の場所、聖ヨセフ教会へとたどり着く。日本との関わりも深いフランシスコ・ザビエルの遺骨。一見遺骨とはわかりにくいので、見落とさないよう注意したい。

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